「どこ触ってんだよ!」
という、火足ちゃんの声に、真由は思わず襖の前で立ち止まってしまった。
火足ちゃんのあせったような声は、かなり切羽つまっているような気がする。
えーと。
この部屋―――というか、ここは、普段水支おにいちゃんが使っている離れで。
今日は、クリスマスだからって、火足ちゃんが遊びに来ていて。
当然、この襖の向こうにいるのは、水支おにいちゃんと火足ちゃんの二人きりで。
その状況で、火足ちゃんがあんなことを口にするっていうことは。
………。
…………。
なんだか、真由、いけないことを少しだけ想像しちゃった。
だって。
だって、二人は世に言う『らぶらぶ』な関係だし。
テレビや映画では、こういう時って、キスしたりとか、いろんなことをしたりするんだよね?
ママも、恋人同士にとって、クリスマスは特別なのよって言っていたし。
どうしようー。
真由、何も考えずにここに来ちゃったけど、帰ったほうがいいのかなー。
そう思いながら、両手に抱えていたプレゼントの包みを眺めた。
二人に渡そうと思っていたんだけど、後にしたほうがいいかも。
「だから、耳に息吹きかけるなって!」
そぉっと、足音を忍ばせその場から去ろうとした真由は、固まってしまった。
「そんなことすると、落ちるだろ……って、言ってる端から、またそんなところ触るなって!」
きゃー、真由、恥ずかしいよー。
だけど、水支おにいちゃん。そいうことするなら、ちゃんと鍵くらいかけておくべきだと思うよ。
真由ならまだしも、誰か他の人が来たら、どうするんだろう。
これは、やっぱり余計なお世話って感じかな。
どっちにしたって、帰った方がいいよね―――そう思ったのに。
「あれ?」
のんびりした水支おにいちゃんの声が聞こえた。
「そこに誰かいるー?」
ばれちゃった。
意外に耳がいいんだよね、水支おにいちゃんって。
「もしかして、そこにいるのって真由?」
「……えーと」
ちょっとばかり、躊躇してしまったのは、当然だと思うの。
「お取り込み中なら、あとにするけど……」
「なんだよ、そのお取り込み中って?」
火足ちゃんの声とともに、襖が開いた。
そこには、ケーキのお皿を左手に持った、いかにも不機嫌な顔をした火足ちゃんがいた。
あ、あれー?
なんだか、変な雰囲気だよね?
火足ちゃんは、怖い顔しているけれど、水支おにいちゃんは、機嫌がすごくよさそう。
というか、すごく楽しそう。
「お邪魔だよねー、真由は」
「んなことねーよ。ちょうどよかった。真由に渡すものがあったし」
「あ、実は、真由もなんだけど」
そういって、両手に持っていた包みを二人に差し出した。
「はい! 大好きな水支おにいちゃんと火足ちゃんに、真由からクリスマスプレゼントだよ。絶対二人で一緒につけてね」
「……一緒に?」
火足ちゃんがちょっぴりいやな顔をした。
「うん、おそろいだから」
「……お揃い?」
「世間では、ペアルックとか言うかもしれないなー。真由の手作りだったりするから、大切にしてください」
そういっている端から、もう水支おにいちゃんは包みを開けている。
「お! マフラー! 真由が作ったのかー、さすがオレの従妹。器用器用」
「えへへ。よかった。頑張ってみたの。……でも、普通こういうのって、恋人からもらうものだよね? その辺がちょっと、悪いかなと思ったんだけど」
「何いってんの。真由からもらったものは、なんだって大事なんだって。そうだろ、火足?」
「それはそうだけど……、でも、おそろい……」
どうやら、火足ちゃんは手作りマフラーということより、お揃いという点に対して、引っかかっているらしい。
「今度のデートの時には、一緒につけていこうな、なー、火足?」
「う……」
……水支おにいちゃんってば、そんなことを言うから、火足ちゃんに怒られちゃうんだよ。
楽しいのはわかるけど。
火足ちゃんは反応が素直だから、ついかまっちゃいたくなるんだよね。
「その話は、とりあえず後だ! それより、真由に渡すもんがあんだろ!」
「つれないねー、火足は」
そういいながら、また火足ちゃんにちょっかいだそうとしているあたりが水支おにいちゃんだなー。
もちろん、火足ちゃんには無視されてるけれど。
「ほら、真由。これ、俺と水支から」
渡されたのは、大きな大きな犬のヌイグルミだった。
首に水色のリボンが結んであるだけで、包まれていないということは、これ、このまま二人で持って帰ってきたのかな。
想像すると、楽しくて、でも、すごく嬉しいな。
「かわいいー! ありがとう、二人とも。大事にするね」
ぎゅっと抱きしめるとふわふわと柔らかい。
えへへ! 真由、ぬいぐるみ大好きだから、嬉しいな。
「あ、そうだ。二人ともケーキ食べてる途中だったんだよね? ごめんね、お邪魔して」
「別に邪魔してねーよ、邪魔してるのは、水支の方だ」
「してないしてない」
「俺が食べようとすると、変なとこ触ったじゃないか!」
「気のせい気のせい」
にこにこ(にやにやかもしれない)している水支おにいちゃんは、全然悪びれた様子もない。
大変だなぁ、火足ちゃんも。
「ただ、オレとしては、火足の方が食べたいかなーとか思っただけで」
「って、真由の前で、なんてこと言うんだよ!」
真っ赤になった火足ちゃんは、なんだかいつものかっこいい姿とは違っていて、真由ってば不覚にも、かわいいって思っちゃった。
ごめんなさいー! 火足ちゃん!
「こうなったら、意地でもケーキを食ってやる」
「じゃあ、オレも火足を……」
「知らん!」
あ、火足ちゃんてば『ぐー』で水支おにいちゃんの頭を叩いてる……。
痛そう……。
……うーん。
なんだか、二人で世界つくっちゃてるような気もするし。
とりあえず、こういう場合、真由は口を挟まないほうがいいだろうなー。
馬に蹴られる前に、さっさと真由は退散することにしようっと。
だって、もう、やってらんないよって感じだもの。
二人で仲良く、『べたべた』したり『いちゃいちゃ』したりしてよね。
真由はこれから、ママと一緒にお出かけだし、いつまでも二人の相手なんてしていられないんだもん。
「真由、もう行くよー」
「え、もう?」
「うん、ママが待ってるから」
んーでも、ちょっとだけ、つまんないなー! ママとお出かけはとても楽しみなんだけど、恋人同士でお出かけとかにも、憧れちゃうな。
一緒にケーキ食べたり、プレゼント交換したり。クリスマスのイルミネーションを眺めたりするのもいいかもしれない。
真由も早く素敵な彼氏を見つけて、クリスマスには『らぶらぶ』なことをするんだ!
絶対、絶対、そうするんだから。
明日から、頑張ろうっと。
あ。
いけない、いけない。
大事なことを言うのを忘れていたよ。
真由は、足を止めて、二人に笑顔を向けた。
「水支おにいちゃん、火足ちゃん。メリークリスマス!」
返ってきたのは、とびきりの笑顔と「メリークリスマス」の言葉だった。
ちなみに。
火足ちゃんが、あのケーキを食べることが出来たのかは、真由も知らない。
食べることができなかった方になら、お年玉をかけてもいいな。
ねえ、どう思う?
答えは、たぶんね……。
クリスマスSS第1弾です。光良さまのイラストを見ながら思いついたお話なので、イラストのシチュエーションとは、若干違っております。さらっと読み流してください(笑) それにしてもマトマリのないSSだ……。
光良さまより、クリスマスSSの冒頭から思いついて描いたというイラストをもらってしまいました。
ありがとうございます〜v 管理人は幸せものでございます。こちらからも、飛べますので、是非是非みてください。