海を見ていた大月さんの横顔が―――。 時々、物思いに沈むように伏せられるその瞳が―――。 ふと遠く感じられて、俺はおもわず大月さんのマフラーを掴んでいた。 さっきから。 一緒にいるのに、大月さんは俺を見ない。 いや―――正確には、俺を見ても、すぐ視線を逸らしてしまう。 何故なのかはわからない。 でも、ここ最近は、そういう大月さんの姿を幾度も見ているような気がする。 俺を見てはため息をつき、触れようとしては困ったように視線を彷徨わせる。 だから、俺は不安になって。 大月さんがどこかへ行っていまうような気がして。 「大月さん!」 そう強く呼びかけて、マフラーをひっぱってしまったのだ。 ―――俺を見て欲しかったから。 ―――前のように、まっすぐな眼差しを向けてほしかったから。 だが、勢いのままに行動してしまったせいか、ふいをつかれた形になった大月さんの体が傾く。 当然のこととはいえ、驚いたような顔が間近になり、俺はあせった。 「あ……」 何かを言おうと思っていたはずなのに、言葉が出てこない。 「俺……」 動くことも出来ず、ただ互いの顔を見詰め合ってしまう。 きれいな顔だと思う。 すっきりとした顎のラインとか、眼鏡のレンズ越しに見える意志の強そうな瞳とか、形のよい眉とか。 そして――。 優しい声で俺の名前を紡ぐ唇、とか。 そこまで考えて、顔が知らずに赤くなってきた。 初めてキスしたときのことを思い出す。 あの時は、不意打ちで、呆然として、何がなんだかわかんなかったんだよなー。 ……あれ? そういえば、一応恋人同士になったと思っていたのに、あの日以来、大月さんとキスした記憶がない。 デートの時も高校生だから、という理由で遅くまで引き留められることはなかったし、マンションに遊びに行く時は、 大抵勉強を見てもらうときだ。 ………。 …………。 ………………。 もしかして。 もしかすると。 マジメで責任感が強いこの人は。 相手は高校生だから、とか。 自分の方が年上なのだから、とか。 そんなことばかり考えて、いわゆる『マジメなお付き合い』から踏み出せないでいるんじゃないか? まさか、と思う気持ち半分だ。 大月さんなら、ありえない話じゃない。 というか、水支から聞いた大月さんの人となりを考えると、可能性は高い。 そう考えると、思い当たることもあった。 この人が目を逸らすのは、いつも俺がぼんやりと大月さんを見ているときだ。 触れようとして困った顔を浮かべるのは、きまって二人きりになったときだ。 今頃気づくなんて、俺も莫迦だけど。 「大月さん」 そういいながら、また目を逸らそうとした大月さんのマフラーを再び強くひっぱった。 大月さんの動きが止まる。 ひょっとすると、息苦しかったのかもしれないけど。 「……火足くん? どうしたんだい?」 それでも、辛抱強く俺にされるままになっているのは、子供扱いしているせいか? 我侭をとがめるような、けれども優しい眼差しを向けられるとそんなふうに感じてしまう。 面白くない、と思った。 大体『清く正しく美しい』交際ってのを、したいわけじゃないよな、ふつーは。 そりゃ、人に見られるのは恥ずかしいけど、例えば二人きりのときは、……キス……したりとか。 大体、初めてのキスは、大月さんからだったけど。 結構唐突で、一方的だったような気がする。こっちは、パニくってたから、あんま覚えてないし。 だから。 今度は。 俺は、思い切って空いている左手を大月さんに向かって伸ばした。 今なら。 大月さんがかがみ込んでいる今ならば。 このままずっとお互いの距離は縮まらないのはいやだ。 まるで保護者のように接してくる大月さんなんて、冗談じゃない。 俺は勇気を出して、大月さんの背中に手を回す。 そして、そのまま。 その唇に、くちづけた。 最初は戸惑っていたような大月さんだけど。 それは、やがて深いくちづけに変わり――強い力で俺は大月さんに抱きしめられた。 苦くて、甘くて、せつないようなキス―。 その苦さは、今の大月さんと俺の距離を表しているようだった。 遠くて近い、近くて遠い、微妙な距離。 縮めたいと思いながら、なかなか縮まらない距離。 だけど。 ゆっくりでいいから。 ゆっくりでいいから、この距離を埋めていこう。 つーか、そうでないと、俺、いつまでたっても、子供扱いのままのような気がする……。 普通の恋人同士、てのがどんなのか、イマイチよくわかんないけど。 こういうキスもいいよな。 そう、俺は思った―――。 |